30歳の苦悩と微かな光

頭の中を整理する為のブログ

無→無秩序→無という世界の成り立ち

大体の人間関係のもつれ、ひび、すれ違いの原因は思い込みによるもの。

あの人はこう思っているだろう、だから私とは合わない、私を嫌ってる、怒らせただろう…。今までの経験や勘がそう思わせる。学習や自己防衛的に最適な解を出す脳の癖なんだろう。確かに信憑性は高いかもしれない。が、思い過ごしであることも結構多い。物事をはなから決めつけてかかるとうまくいかないし、何よりモチベーションが上がらず面白くない。またこのパターンかと先読みし落胆。うまくいっても予想を超えるものではなくつまらない。下手をすれば失敗しさらに落ち込む。

今までの自分が、行動、思考を妨げる。それが思い込みや執着だ。

人は歳を重ねる毎に、だんだんと個性というものを見出していく。その人なりの色が出てくる。何か夢中になれるものと出会って色がついていく。果たして本当にそうか。皆んな、何かしらの色を付けたい、付けなければいけないと思っているのでないか。夢中で?一心不乱に?必死になって何かに染まりたい。今夢中になっていることが本当に自分の好きなことなのかなんてどうしてわかるんだろう。何を差し置いてでもやりたいことなのか、今だからやっているだけではないか。本当は別にあるのかもしれないし、今後出会うのかもしれない。その人が持っている色は今の色なのだ。昔やこれからの色ではなく、今の。恐れ故に、何かに縋り付きたいのだ。一番手取り早いのが自分だ。自分自身に縋り付く。そうやって自分の思考の中で生きていく。だんだん思考は固定され、それを捨て去ることに未練や恐怖を感じるようになる。自分自身が生きる糧となっている人は、それは自分を守る盾、プライドとなる。無という、得体の知れないものを恐れているから。